SOUTH SEAS VOICE WORKSHOP

オックンチュラン・カンプチア 5

2月20日(土)
 朝、まだ暗いうちに目が覚めたが、日本の夢を見ていたので、もう一度寝ることにした。日本はどうなっているのか、そろそろ気になってくる頃なのである。しかし、ここは紛れもなく、遥か遠く離れたカンボジアのシェムリアップである。
 もう充分過ぎるほど寝たという感じがしたので起きることにしたら、まだ9時であった。水道の水が出ないので、溜桶に溜めてあった水とボトル飲料水で顔を洗い、歯を磨く。昨日はアンコールの遺跡をいっぱい見たので、かなり満足だった。で、とりあえず充分かなと思い、帰りの便を一日早め、明日、帰ることにした。しかし、カンプチア航空のオフィスへ行ったら、変更に20ドルもかかるというのだ。本当なのか。ここまで片道43ドルだというのに、いったいなんということだ!ディスカウントのチケットでもないのだから、変更はタダでできるでしょう?一般人は真面目に小金を稼いでいるというのに、いきなり20ドルはないでしょう。
 昨日のアンコールワット前のゲートでの支払いも本当はかなりいい加減で、欧米人曰く「ウンタック(UNTAC)」と叫べば通してくれるらしい。オフィシャルな値段はあってないようなもの。そういった疑念を抱きつつ、変更はやめにして、予定通り月曜日に帰ることにした。
 さて、今日はマーケットをずっと歩いて過ごす。シェムリアップのマーケットはとても面白い。東南アジアの国々で、犬や猫が飯を探して歩いているのはごく普通のことだが、ここでは牛もひとりで(一頭でか)で歩いている。おまけに豚までが飯を求め彷徨っている。「豚が一匹歩いている」というよりも「豚がひとり歩いている」といったニュアンス。人間に混じって共に生活している感じである。
 以前、隣国ラオス、ビエンチャンに行ったことがあるが、ここのマーケットはその雰囲気にも似ている。ここの人はラオスほど人なつっこい感じはしなかったが、活気はラオス以上だ。埃と蠅(ものすごく多い)と暑さにはまいるが、なかなか雰囲気のある面白いマーケットだ。
 さて、マーケットの屋台でいつもの酸っぱいカンボジア・スープを食べる。1800リエル。ちょと高いかな。まあ、大盛りのごはんだし、美味しいし、食事で値切る気はしないので、よしとする。ご飯の後はこの屋台でひたすら原稿を書く。大学のゼミで出す本への投稿依頼があったためである。蠅が飛び交う熱い空間の中で、ミルクコーヒーを飲みながら書く。
 後ろで、私の好きな台湾の葉樹茵「数羊」のカンボジア語版の歌が流れている。相変わらずエコーびんびんのボーカルがカンボジアの暑い雰囲気を醸し出す。けれど、この曲はもともとは確かインドネシアかどこかのカバーだったな。香港のグラスホッパーが歌っている「失戀」のカンボジア語版もあった。これも原曲はタイのトンチャイだ。色々な国で同じ曲がカバーされているので、こんがらがってくる。
 そばの華人おばさんから、みかん5個を500リエルで買った。おばさんの先祖は広東省から来たそうだ。中国語が通じるので私もやっと会話が出来る。
 両替屋で10ドル交換した。1ドル2400リエルと言われ、いらんと言ったら、2490リエルと言ってきた。2500リエルじゃないといやだとごねて、それでオーケー。 ところで、ここのマーケットまでバイクタクシーで500リエルで来た。プノンペンでは1000リエルだったから、その半分。ここまできて私は、すっかり値切るくせがついてしまっていた。けれども、ここの人は概してそれほどボッた値段を言ってこないようなので気分がいい。
 4時になると、荷を片づける人が増えてきた。昨日のアンコール遺跡の作業場もそうだったが、ここでは4時が仕事終了の時間らしい。ということで、私もゲストハウスに戻り、水浴びをする。そして夜、再び外に出る。川岸には屋台が並んでいる。ちょうどその川岸の木に豚が2匹つながれていた。ブーブーと腹を空かせているその雰囲気の音が面白かった。早速録音することにしたが、20分ほどでバッテリーが切れてしまい、残念。でも、とりあえず良い音が録れた。街の音は他の国も含めかなり録音してきた。けれどもなかなか気に入ったコレというのがない。やらせのないひとつの空間に様々な音がつまっているのがいい。それもそこの国のその場所の味のある音。ここでの音はわりとそれがあった。
 録音のことを少し話すことにしよう。かつてインドネシアのスラバヤで「雑音」を録音したときのこと。夕方、シャワーを浴びた後で気持ちも爽やかだったが、泊まっていたロスメン(安宿)の前の道で録音していた。録音の最中に誰かが自分に話しかけてきては、そこに故意が生じてしまうので、誰にも気がつかれないよう、というか、誰にも話しかけられないよう、道ばたで寝そべりながら録音した。けれども、やっぱり話し好きのインドネシア人がよってきて失敗。「何やっているんだ」と聞かれ、「音を録っているんだ」といっても「音なんてどこにあるんだ?」と理解してくれない。まあ、しょうがいないかな。こういう話しは他にも山ほどあるのだが、タイとミャンマーの国境の橋の上で録音をした時も、イミグレのおじさんに咎めれた。一回録音を始めたら、テープ目一杯の2時間は続けたい。けれども、2時間もマイクを持ちながらじっと座っているのは、やっぱり変だろうか。
 さて、屋台で焼きうどんを作っていたので、食べることにした。すると、昨日アンコールワットの前で会った欧米人カップルがやってきた。スイスから来たそうだ。世間話をしながらうどんを食べる。スイスも日本のように物価が高くて大変だと言っていた。日本にも行きたいとのことだったが、スイスへの帰国は6月の終わりだと言っていたので、会えるかな。色々国からのツーリストが集まっていた。
 ゲストハウスに戻り、門の前でおばちゃん、バイクのお兄さんとお喋りタイム。色々と話していると、突如ズシンと銃弾の音がした。15kmほど離れた山の方で撃っているのだという。今でも戦いは確かにあり、緊張しているのを実感した。