翌日、再びミスター・アジズと街を歩く。今日はマニラのビジネス地区、マカティへ。「空車」と日本語で書かれたレバーを倒すと、カチカチとメーターが上がる、20年以上も前の日本の中古タクシーだ。乗り物もひとりで乗ればやはり緊張するのだが、ふたり、それも背の高いミスター・アジズと乗れば安心だ。しかし、こんなタクシーが未だに走っているのか…と思っていたら、なんと、バスも日本の中古車がいっぱい走っている。「…交通」「…バス」「自動扉」と書いてあるのもある。
マカティは、エルミタとは打って変わって、高層ビルが立ち並ぶ。街もきれいで、ネクタイをしたサラリーマンが歩いている。本当に同じ国なのかと思うほどである。ここは、少しは安全に見えるが、近くのショッピング・センターの入口にも、やはり銃を持った警備員がいた。買い物に来るのはお金持ちが多く、カートに山のように積んだ品物を、カードで支払う。ショッピングもろくに出来ない昨日のバーの彼女達とは、まったくの別世界だ。
CDをいっぱい買ったのでお金が足りなくなった。エルミタの通りにはレートの良い闇両替屋がいる。普通は1ドル25ペソくらいだが、ある男は1ドル27ドルと提示していた。どこの国でも「個人的な両替商」はあることだし、ちゃんとできれば問題はない。危ないかな、とは思ったが、ミスター・アジズも一緒にいるので、ひとつトライしてみることにした。
男は小さな路地に入り、私達を小さな食堂に連れて行った。すると、奥から老婆が出てきた。「まずはお金を出して」と言う。先にお金を出すのも怖いので拒否したが、「では、机に置いて」と言うので、ミスター・アジズに見張ってもらいつつ、机に置いた。1枚ずつペソを数えながら、その横に両替分を置いてゆく。間違いなく数え終わったところで、私が手に取り、もう1度数えようとしたところで、後ろから「ポリス!」という声。老婆は慌てて「早くお金を隠して、帰りなさい!」と言う。お金を鞄の中に入れ、急いでその場を立ち去るが、後で鞄を確かめて見ると、お金は半分くらいしかなかった。
「なに?私はちゃんと見ていて、間違いなく両替分数えたんだぞ!」とミスター・アジズは言うが、間違いなくやられていた。その技は「あっぱれ!」と言いたいくらいだったが、学生の私にとって、かなり痛かった。先ほどの場所に戻ってみるが、老婆はもういない。
ミスター・アジズは「警察に行こう」と言うのだが、マニラの警察は取り合ってくれるだろうか…。それにこれは闇両替だ。何があっても誰も保証してくれなくて当然。だが、いちかばちか、行ってみることにした。エルミタの警察では、ひょろっとした私服の男性が相手をしてくれた。事情を話すと、今日はもう遅いから、明日の朝もう一度来い、とのことだった。