SOUTH SEAS VOICE WORKSHOP

マニラの物語 10

さて、今日はミスター・アジズがバンコク経由でバーレーンに戻る。短い間だったが、彼とマニラの街で出会い、一緒に色々なものを見て、体験したのも偶然ではなく、運命の出会いだったような気がする。そして、闇両替事件のことも火事のことは、何かの暗示だったのか…。でも、これから何が起こるのかは分からない。私もフィリピンは初めてであったし、まだこの国のことをよく知らない。今後、何度か訪ねるうちに、この国のほかの姿がまた見えてくるのだろう。ミスター・アジズも、また次の休暇の時、フィリピンに来るそうだ。その時、また一緒に過ごせるかどうかは分からないが、いつの日かの再会を約束し、ホテルで彼を見送った。

そして私もマニラ最後の一日を過ごす。再び街を歩いた後、ハリソン・プラザへ行き、ラモスと会う。

「色々心配してくれた闇両替事件のことは、昨晩の火事でふっとんでしまったよ。で、今のところ問題なし。」

「そうか。そりゃ良かった。で、いつまでマニラにいるの?」

「明日の早朝7時の飛行機で帰るんだけど、まあ、またすぐ来るよ。」

「知り合ったばかりだっていうのに寂しいな。また来たら、必ず連絡してよね。」

「サラマッポ(ありがとう)。」

夜、いつものバーへ行く。元ジャパゆきさんのお姉さんがカラオケで歌を歌っていた。フィリピンの人気歌手、シャロン・クネタの歌だ。フィリピンの人々は歌がとても好きだ。歌の世界が一時の夢を見させてくれるからなのかもしれない。心を暖かくしてくれるそんな歌と共に、この数日間の出来事を回想する。怖い経験が印象に残っているが、何かしら心に感動があった。明日の今頃は日本にいる。日本の生活はここよりもずっと楽だろう。しかし、別の苦しみもある。自分もフィリピンの人たちのように、強く生きて行かなくてはいけないと思った。ちょっと疲れてはいたが、名残惜しいので、早朝の出発前までこのバーで過ごすことにした。いつものようにミリンダとインスタント・ラーメンで…。

(おわり)

<1992年>