SOUTH SEAS VOICE WORKSHOP

サラマッポ・ダバオ 7

1999年3月27日(土)

 朝9時に起きて、10時には出発しようと思ったが、ゆっくりしてしまった。シャワーを浴びてなんとか11時すぎには出発。途中、トロトロで食事をし、肉まんを買ってターミナルへ。行きと同じファースト・クラスのバスが客を待っていた。30分ほど待ち、11時45分頃の出発。行きは6時間くらいかかったから、ダバオに着くのは6時前ぐらいだろうか。
 行き来た道を逆に行くが、前よりも早く感じる。バスの運転もかなり激しい。カーブなどは身体が窓の方に引っ張られ、ちょっと怖い。その成果か、5時過ぎにはダバオに着いてしまった。45分の短縮であった。
 ターミナルからジープニーに乗り、フォーチュン・インへ。再び狭いシングルルーム212号室。ギンギンはすでにいなかったが、ひょっとして…と思い、ハルバウのオフィスへ行ってみた。すると、いました!ギンギンとジュベール。ライアンとジュンジュンもいた。ハルバウのミーティングを終え、ゆっくりしていたところだそうだ。私にハルバウへ来るように、フォーチュン・インのフロントに伝言していおいたそうだが、伝言なんてなかった。
「お腹空いたでしょ?」
「うん、空いた」とライアン。
「ほな、行きましょか。」
目指すはヴィクトリア・モール。最初は日本料理がいいかとも思ったが、ちょっと高いので、安めのものを食べに行く。今日は私のおごりだ。ライアンは遠慮するが、心配するな。
ヴィクトリア・モールは、ガイサノ・モールに並ぶダバオの大規模モール。そこのファスト・フード・コートで、フィリピン料理を選ぶ。色々な種類があるが、ひとつひとつどんなものか聞きながら、美味しそうなのを選ぶ。もずくの味にそっくりなコリコリした海藻が美味しい。そばに日本のたこ焼きがあったので、みんなにジャパニーズ・フードをトライして、と4つ買う。こんな普通のフード・コートに、美味しいたこ焼きなんかあるわけがないと思ったが、味はなかなかのものだった。
 食事を終え8時。ギンギンは先に家へ。ギンギンの夫、ジュベールにさよならのキッス。ジュベールはこれからまたハルバウのオフィスに戻って、仕事。私は前ドドンが言っていたロックのライヴを見に行きたい。ライアンが一緒についてきてくれることになった。ジープニーに乗って目的地へ。POLYFUSIONスタジオのすぐそばにある。が、店はどうもライヴがあるような気配がない。聞いて見ると、ライヴなんてないそうだ。ドドンの情報はいったい…
 仕方がないので、次なる目的地へ。この前POLYFUSIONに行った時、ダバオのローカル・グループ、レ・バンドのヴォーカリストが、土曜日の夜「ラ・クラシック・カフェ」というところでライヴをすると行っていた。そこへ行こう。が、場所が良く分からない。カフェ・バーの多い通りを色々と聞きながら探し歩くが、知っている人はいなかった。
 延々と歩き、マンダヤ・ホテルの前まで来た。前に停まっていたタクシーの運転手に聞くと、場所を知っているという。さっそくそのタクシーに乗る。場所は郊外らしい。10分ぐらい乗って着いたところは、確かにカフェのようなところだったが、ラ・クラシック・カフェではなかった。それに、このカフェも閉まっていた。場所を知っていると言って、違ったりすることはよくあるが、ここまでのタクシー運賃はどうしてくれるんだ!と言いたいところだが、怒るのもいやなのでやめておいた。運転手もメーターからいくらか引いてくれた。
 さて、どうしようか…と思っていると、ライアンがいいところを知っているという。「プスラン・マン」というカフェがあるらしい。早速そこへ行くと、開いていた!アーティスティックなオブジェが飾られた店に入ると、伝統楽器の演奏…。ポポン・ランデロのグループ。略してPLO(Popong Landero’s Organisation)という。どこかで聞いたような名前だ。伝統楽器を駆使したレゲエ・バンドである。土曜日の晩ということもあって、結構人が入っていた。欧米人もいた。これこそ私の探していたオリジナル音楽の場所。このライヴハウスはミンダナオ在住のローカル・ミュージシャンたちが共同出資で作られたらしいが、有名なジョイ・アヤラも出資者のひとりらしい。昼間は絵画教室もしているというプスラン・マン。こんなところがあるのなら、もっと早くから来るんだった。
 12時半頃までライヴを楽しみ、宿に戻る。ライアンも例のごとく私を宿まで必ず送るという。今晩はつきあってくれて本当にありがとう。