SOUTH SEAS VOICE WORKSHOP

遥かなるバジョの村、カバルタン 5

さて、番組の主人公となる人を探したかった。バジョの若者で個性的な誰か…。その彼(或いは彼女)を通して、バジョの人々の生き方を知る…そういう狙いだ。 端から端まで歩いて20分ほどの小さな村、カバルタンに、中学校と高校が 一緒になった学校がひとつあり、そこを訪れた。ちょうど自習の時間だったが、事情を話し、高校2、3年生の教室に入れてもらった。生徒のほとんどが漁師の子供たち。学校に行かず、親の後継ぎとなる子供 たちも多いが、彼らは高校まで進むのだから、将来、別の希望を持っているのでは…と聞いてみた。男子生徒の多くが「兵士になりたい」と答えた。兵士は給料の安定した職 業だからである。女子生徒は「家庭主婦」。ひとりだけ「医者になりたい」と いう子がいた。お金を稼ぐには厳しい環境かもしれないが、将来、この村の お医者さんになって欲しいものだ。みんなはっきりと「これがしたい」というものがないようだが、そもそも、テレビもなく電話もないこの村で、将来何になりたいのか、具体的に夢を描くのも難しいだろう…。さらに話を聞くと、サッカー選手になりたいという少年がひとり、そして、詩人になりたいという人がひとりいた。彼らは双子の兄弟、 カドリとバゴン。面白そうなので、放課後、ゆっくり話を聞くことにした。

父親は北スラウェシのマナド出身だそうだ。「ということはミナハサ族?」 と聞くと、「そうです」と答えた。母親は中部スラウェシ州、バンがイから来たバジョだそうだ。ということは混血で、純粋なバジョではないのかと思ったが、そもそもバジョとは誰のことを指すのか…。村の人々の多くは、自分がバジョだと答える。それはバジョの村で生まれ育ち、バジョの言葉を話すからだ。しかし、両親共にバジョだという人も、その上の世代を聞くと、ブギス族やブトン族の血が混ざっていたりする。民族としての純血性にはこだわっていないのかもしれない。

ちなみにカバルタンは「女やもめの島」としても有名。他の地域から、ここ に単身立ち寄った漁師の男が、島のバジョの女と恋に落ち、子供が生まれた後、再び漁に出て、そのまま帰ってこないということが多いそうだ。バゴンとカドリ、ふたりとも高校を卒業した後、大学に進学したいという。村には教師も少ないし、より多くの知識を得て、良い職に就き、家族を支えたいのだという。しかし、大学に進むにも、この島で学費を稼ぐのはとても 大変なことだ。高校の授業料でさえ払うのが難しく、ふたりは週に何度か海 に出て、タコや魚を捕り、それを売って学費に当てている。卒業後も、すぐ 大学に入ることはおそらくできないので、まずは、ほかの街で仕事をし、お 金を貯めてから進学する計画だ。最終的に、カドリにはサッカー選手、バゴンには詩人という夢がある。両方とも、有名になれば人々に影響を与えられる職業だ。バジョの子として、海を愛する気持ちも、人いちばん強いふたりだが、爆弾漁や薬物漁などで変わってしまったカバルタンの海の本来の美しさを取り戻すため、人々の心を動かす存在になりたい、と彼らはいう。